片貝薬局の特徴

地域病院、診療所、クリニック、地域包括支援センター、介護施設、ケアマネージャーと連携

①薬剤師による居宅・在宅訪問(くわしくはこちらへ。)

②クラウド型「電子薬歴メディクス」での薬歴管理

③終末期医療・・麻薬、中心静脈栄養(TPN)麻薬の点滴(PCA)などで終末期医療にも取り組んでいます。

オンライン服薬指導

クリーンベンチ
PCA(1)
PCA(2)
CADDポンプ用輸液セット

沿革

プロローグ:草創期(大正9年~昭和25年)

創業者 富田久(左)と当時の片貝薬局(右)

「他人の喜びをもって、わが喜びとなせ」

明治31年明治31年12月8日、富田久(とみた ひさし)誕生
大正9年初代社長この頃から東京お茶の水にあった。
小此木病院で(日本医大創始者)事務局長兼薬局長として勤務していた。
大正12年関東大震災により病院が消失。病院の整理や職員の処遇などの対応にてまどった。
昭和3年千葉県山武郡九十九里町片貝3489にて薬局を開設。
当時は封建的であったので、よそ者はなかなか受け入れられず苦労があった。
昭和4年
世界大恐慌(ブラックチューズデー)があり金融は混乱した。資金面でも大変だった。
昭和16年第2次世界大戦(太平洋戦争)で物資が無く、商品調達に大変苦労した。

新生片貝薬局期(昭和25年~昭和55年/1980年)

二代目社長 富田勲 近影

「店は客のためにある」

―薬局は患者のためにある―

昭和27年片貝薬局を法人化して株式会社片貝薬局として登記
昭和29年二代目が結婚のため入社。
昭和初期の経営や社会状況を聞きながらまた時代の変化があり、意見の違いがあったが、お互いの意見を尊重し経営を継続する。
昭和45年2代目富田 勲社長就任
昭和50年医薬分業を国が推進し始めるが、一向に処方箋の院外処方せん発行なく薬局は変化なし。
バブル景気の兆しが見え始めた。

変化と対応の準備期(昭和55年/1980~1990年)

昭和55年20年後の2000年をどうあるべきか、町の商店街の一角にある薬局の位置つけ、あるべき薬局の姿を求め全国の若手薬剤師、商店街の若手経営者と勉強する機会を作ったが、納得できるものは出てこなかった。
本来あるべき経営の本質が分かっている人が居なかったのが原因であった。

混迷と模索:知識の蓄積・充電期(1990~1996年)

1990年どこで何を学ぶべきか探していた時、雑誌“商業界”が主催するセミナーであった。
全国大会・地方大会等信じがたく、厳しい多くの研修会に参加して、会社の大小にかかわらず経営の基本:王道を学ばさせてもらった。
これが現在の片貝薬局の基本理念になっている。
医学・薬学の知識も同時に多くを学んでいた。
専門技術と経営技術の融合である。このセミナーをきっかけに、理論だけでなく、現場アメリカの流通業を視察。
ショッピングセンターや多くの商業施設、食品スーパー、ドラッグストアー、衰退していくファーマシーそして卸・物流の見学は衝撃的であった。
丁度現在の日本の商業状態であり、30年後の現在の日本の流通業の姿があった。
最も影響を受けたのが物流システムであった。

黒船来航・未来薬局・少子高齢化社会への志向・構築期(1997年~2010年)


1997~1999年
1990年代薬局には規制緩和の大恐慌が訪れていた。
1997年薬局を守っていた距離制限撤廃。
隣にドラッグストアーや薬局ができてもおかしくない時代となる。
1999年再販売価格撤廃。価格破壊が始まった。
2000年大規模小売店舗法の改正による大型店の出店である。
2000年までの10年間でダイエー・ヨーカドー等それまで全国で150店舗だけであった大型店が1年間で200店舗ずつ増えていった。
バブルもはじけ多くに薬局は消滅し、生き残るのは何かやらなければならなかった。
2000年商業界やアメリカで学んだことが生かされる機会がやってきた。
ポスから受発注と物流をオンラインで結ぶ画期的なシステムを関東と大阪の若手薬剤師で構築し、ボランタリーチェーン株式会社ジョヴィを立ち上げた。
当時のベンチャー企業だった。
初代の会長に就任し、全国の薬局に会員募集のため奔走した。
発足時参加店舗180店舗、年商120億円だったが現在では1200店舗、1300億円に達した。
これも90年代前半の研究成果だった。
2000年になりジョヴィオンラインシステムと並行して考えていたのが2020~25年の
少子高齢化社会である。
ほとんどの薬局は何がどう変わるのか考えている人は少なかった。
なぜなら、医薬分業の進展に伴いある程度収入の目途が立ったため、薬局は処方箋調剤に甘んじている。
団塊の世代が65歳を迎える2025年、すでに地域医療を構築しなければならない状況が迫っていた。

地域の商店街を崩壊させる人工的商業施設(メガスーパー)が上陸する不安を覚えた。

このアメリカ視察で24時間ドライブスルーのファーマシーを見て「いづれは日本にもこの時代が来るだろう」と確信した。

地域医療推進期(2010~2020年)

2000年介護保険法が制定され公布された。
地域包括支援センターを中心とする医療・介護・福祉が一体となり新しい医療体制の構築が必要となった。
2012年千葉年県立東金病院平井愛山先生のご指導により”わかしおネットワーク“が構築され参画した。
地域包括支援センターの原型である。地域医療を進展するための大きな一歩であった。
また在宅医療進める当薬局には重要な出来事でした。
わかしおネットワーク(他職種連携モデル)

地域包括支援システム

高度医療薬局構築期(2020年~  )

三代目社長 富田健二 近影

「最大よりも最良の薬局たらん」

2020年2代目社長退任し会長職へ。3代目社長富田健二が就任。
“最大よりも最良の薬局たらん“を目指し、病院と同じレベルと機能を持つ薬局、単純な平面的な調剤業務から、立体的な薬局外での業務:在宅医療の推進と他職種連携、さらにIT、デジタル化、高度な調剤技術を持つ薬局の構築を進め、又優秀な人材が育成されるような薬局を目指す。

営業時間9~19時(土・日・祝は18時閉店) 
定休日年中無休(1月1~3日は休業)
電話0475-76-2062 (夜間・緊急時は転送電話にて対応)
FAX0475-76-2242
企業理念地域住民の健康で長寿で活き活きとした生活を守る
従業員数薬剤師12名(常勤7名、非常勤5名) 
事務・総務10名(パート含む)
住所〒283-0104 千葉県山武郡九十九里町片貝3489 
アクセスJR東金駅より9km 
・九十九里町役場より1.1km
・千葉銀行九十九里支店より100m
駐車場(無料)3台
駐車場3台
駐車場はこの3台です。

新型コロナに対する取り組み

感染しない(うつらない)、感染させない(うつさない)、広げないをモットー

①三密を避け「マスク・うがい・手洗い」の励行

②服薬カウンターの消毒(1日2回)

③店舗の換気扇と調剤室の換気機能付きエアコン設置

常に換気をしています。

④消毒用アルコール付き非接触型自動体温計 

非接触型体温計とアルコール消毒

⑤ パーテーションによる飛沫防止 

マスク、フェイスシールド、アクリルパーテーションの3重防止策を徹底

かかりつけ薬局、健康サポート薬局を軸とした地域密着型薬局

①健康指導・慢性病重症化防止指導

ヘモグロビンA1Cの測定

②地域での講演活動・お年寄りや子供達へ薬や病気や健康についての啓蒙と普及

小学校熱中症予防教室
小学校への熱中症予防教室

③ お薬手帳の発行と確認

おくすり手帳
おくすり手帳

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